長谷川晶一さん(ノンフィクションライター)の“仕事の流儀”/乙女やきゅう探訪

2017年5月15日更新

今年2月発売の「プロ野球語辞典:プロ野球にまつわる言葉をイラストと豆知識でカッキーンと読み解く」(誠文堂新光社)、3月発売の「オレたちのプロ野球ニュース 野球報道に革命を起こした者たち」(東京ニュース通信社)の著者である長谷川晶一さんに、今回は「プロ野球語辞典」の話、そしてノンフィクションライターというお仕事について伺いました。

― 今月はスワローズを取材した書籍『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」(集英社)』を出版されるということで、とにかく「長谷川さんといえば本を出すペースが早い」という印象があります。

早いとは思います。書かなきゃいけないという義務感・使命感があるんです。僕の手がける本は手間暇がかかるんですね。テーマにもよるけど一冊書くのに20人から50人にインタビューをするんです。これは時間と体力が必要。そこへきて確実に体力が落ちてきているのを実感しているので「体力のある間にどれくらいできるか」っていうのを自分に課している部分があって。

― そうだったんですか!

ある意味筋トレみたいな感じ、使わないと落ちるんじゃないかという思いがあるんですよ。その体力というのは肉体的な部分もあるし精神力、気力という部分もある。僕は先日47歳になったんですが、ひとまず50位になるまでには「今のペースでどこまでできるかやってみよう」というのをかなり意識していますね。

― 著書は自分発案のもの、依頼をうけてのもの、どんなバランスなんでしょうか?

自分発案の方が多いです、8:2くらいですかね。

― 作品のアイデアはどうやって浮かんでくるんですか?

アイデアで困ったことは一度もないです。基本的に自分が読みたい物を書くから、読みたい物は沢山あるんですよ。でも、読みたいけれど「僕が書くよりも、この人が書いたものを読みたい」ってものも沢山ある。かつて編集者だったので、マッチングの楽しさも分かりますし、いっぱいあるテーマの中のうち「これは自分が書きたい、書いたらいいだろう」というものをピックアップしています。

― そうして書き続けた結果、次に出る作品がついに20冊目?

そうです。自分の書く本は、自分の中でジャンルが分かれています。1つは「女子野球」のように誰も取材していない、知って欲しい、僕がやるしかないだろうというフィールド。2つ目は「プロ野球ニュース」のような、野球本と思われがちだけど実は野球本ではないメディア論。3つ目は「ファンクラブ本」や「プロ野球語辞典」など野球をテーマにしたサブカル本。そして4つ目は「高橋ユニオンズ」のような消滅球団を通じた野球史の検証というフィールド。というように僕の中で4つとか5つのカテゴリーが分かれていて、それを同時進行でやっているのが現状です。

― 色々なジャンルの本をやっていると、気分転換にもなりそうですね。

おっしゃる通りで、基本的に僕の仕事というのは <調べること・聞くこと(インタビュー)・書くこと> の3つだと思っているんですよ。作詞、作曲、歌唱を一人でこなすシンガーソングライターと同じような位置づけ。この3つを一人でやるのがノンフィクションライターだと思っています。でも、今は調べるだけの時期、書くだけの時期というように完全に分かれると行き詰っちゃうんですよね。


夜は執筆で昼は取材、というようにやるとストレス解消・息抜きになる。だから常に複数の作品が同時進行ではあるけど、こっちは聞く時期、こっちは書く時期というように作業の時期はずれている。それが必然的に刊行点数が多い結果になっているんだと思いますね。

― 今までの作品とすこし毛色の違う「プロ野球語辞典」の制作のきっかけは?

これは8:2でいうなら2の方で僕の発案ではないんです。女性編集者から「こういう企画があるけど、どうですか」と最初は執筆ではなく監修の提案でした。「掲載候補のプロ野球用語をとにかく沢山挙げて欲しい」ということでしたが、企画書を見ていたらイラスト担当者の候補には佐野文二郎さんの名前があって。


佐野さんとは友達なんです。佐野さんが絵を描くなら自分が中身を書きたいなと思ったんですよ。で、「佐野さんがOKだったら僕、自分で書きますよ」って話をして。結局編集者は佐野さんには連絡しなかったんですね、大御所というのもあって、遠慮したのでしょう。そこで、僕が直接佐野さんに電話したら引き受けてくれて。

― そんな経緯があったんですね。

最初のポイントは「実用性をどこまで大切にするか」でした。この本は、僕の中ではサブカルのジャンルとしてとらえたんですね。だから「こんな用語は知らなくても困らない」という用語をたくさん入れたかったんです。

― ちな〇〇とか?

そう、ネット用語なんてまさにそうですよね。ただ、「辞典」と謳っている以上、実用度ゼロではまずい。じゃあ実用とふざけたものの配分をどうしようか、と編集者と話し合って。グローブ、ボール、バットなど基本的な言葉を彼女が足して。

― 結果的にバランスは?

5:5くらいになったかな。野球で実用だけじゃ無味無臭になっちゃうと思ったんで。この本には、あえてメジャーリーグ・高校野球・アマチュア野球は入れていないんです。最初は「野球語辞典」だったのを「プロ野球語辞典」にしましたし。

― 作業はきっと楽しかったでしょうね。

楽しかったですね。この辞典は「あ」から読む必要はない。なので僕も気になったところから書いていましたね。良いのは資料がほとんど要らないから空き時間に書けること。この本の大部分は去年の9月に韓国で書いたんですよ。女子野球のW杯が韓国であって2週間くらい釜山にいたんです。マドンナジャパンの試合は1日1試合で基本的にナイトゲームだったので昼間はあいていて。昼10時から14時くらいの時間を使って半分以上を韓国、釜山で。

― どんな人に読んで欲しいですか?

当初の編集者のターゲットは野球初心者や女性ファン。でもオーテンジオ(登録名・王天上 1979〜南海)なんて是非入れたかったし、平成の今だからこそ南海の杉浦監督を表紙にしたかったんです。そうなると、僕らみたいな中年にも読んで懐かしんで欲しいと思っています。

― いちおしの部分は?

132ページかな。野球の動詞の特集。評論家って球を「放る」って言うでしょう?子供の頃から「なんで投げるって言わないんだろう」っていつも思っていて。野球独自の動詞の使い方を一覧にしたいと思っていて、それは狙い通りに出来ました。用例も辞書っぽいじゃないですか。これを書くのは楽しかったですね。

― 球場に持っていって、お酒や揚げ物のシミが付くくらい、活用してもいいですか?

いいんじゃないんですか(笑)辞典って汚れれば汚れるほど身に着くっていうじゃないですか。これは使い倒していい本です。そして調べたのに載っていなかった言葉があればリストアップしておいてください!第二弾を作る際の参考にさせてもらいます(笑)。

― さて、ノンフィクションライターとしての仕事の話に戻ります。アポ取りは全てご自分で?

ケースバイケースですね。僕のようなフリーランスがやることでメリットもデメリットもあるんです。信用性の問題など出版社の方が良い時にはアポ取りをやってもらうこともありますし、僕が直で築いた人間関係だったり「長谷川なら受ける」って言っていただく場合もあるので、そういう時は自分で。

― 仕事をする中で、自分へのご褒美になる部分は?

僕にとっては「カタチになること」ですね。フリーになって15年目くらいなんですけど、最初のころはやりたいことを自由にやることはできなかったです。でも最近は書きたいものを書かせてもらうチャンスが増えてきたんですよ。書きたいものは沢山あるので同時進行で5つ6つくらいやっていますが、基本的には自分が読みたいものを書いているので、知りたいこと・読みたいものを最初に知ることができて、最初の読者になれるのはご褒美だと思いますね。

― 仕上がると苦労も忘れます?

忘れますね、でも書いている間は本当に大変です。

― 一番苦労するところは?

テーマによって違うけど、例えば「プロ野球ニュース」のような本は30人以上に取材して、それぞれが初対面。初対面の人とはやっぱりお互い緊張するし疲れるのでそこは大変です。

― 調べる・聞く・書くの作業で長谷川さんが使っている道具は?

「調べる」は、最初のとっかかりとしてインターネットである程度の概略を頭に入れてキーパーソンを洗い出す。次にアマゾンでそのキーパーソンの著書を買う。そこから先は大宅文庫だったり、国会図書館だったり、野球殿堂博物館の図書室だったり、テーマに合った専門の図書室で資料を集めるという感じですかね。

― 「聞く」はどうですか?ICレコーダーで録音?

ICレコーダーは5、6個ありますね。1万円くらいのものなんですけど、取材によって使うカバンが違うので、それぞれに入っています。

― では「書く」道具は?

PCはウィンドウズで、ソフトはWORD。全部縦書きですが、ネット記事の時は横書きです。まだ横で上下にスクロールする感覚が慣れなくて…横書きの生理、ネットの文体に慣れる訓練中です。

― ほかに照明、食べ物など仕事に欠かせないものはありますか?

明かりは薄明りです、カーテンも閉めているんで。椅子にはかなりこだわりましたね。アーロンチェアって知ってます?色々なオプションもつけると30万円くらいする椅子なんですが、それを使っています。作家のお宅訪問みたいな番組を見る時には「何に座っているのか」を注目して見るんですけど、皆アーロンなんですよ。

― 執筆環境はばっちり整っていそうですね。

それでも、書くスイッチ、やる気のスイッチを入れるのは簡単ではないです。そこで条件反射でスイッチが入るように出来ないかなって。実験を今しているんですよ。

― 実験?

本によってテンションが全く違うんですよ。だからヒーリングミュージックを含めたさまざまなジャンルのアルバムやお香をいっぱい揃えて「この原稿の時はこの音楽」「あの原稿の時はあのお香にしよう」とかって決めて実験しているんですよ。あとは「この本を書いている時はこの店でしか飲まない」とか「他の店もいくけど最後は必ずここのバーで締める」とか。

― お酒がからんでいるものの、まるでゲン担ぎするアスリートみたいですね。

だから出来上がった本をみると決まったバーの光景を思い出します。やる気のスイッチや環境をパブロフの犬化したいんです。自分を。

― では長谷川さんのターニングポイントになった1冊を挙げるなら?

一番変わったのは2011年に出版した「最弱球団 高橋ユニオンズ青春記」(白夜書房、後に彩図社文庫に)。あれを読んで長谷川を知ったという人がすごくいたんですよ。取材を始めたのが30代の終わりで本が出たのが41歳。その数年間に休刊・廃刊が多くなって雑誌の仕事が減って行き、不安のある中で始めたテーマでした。しかも地味でニーズははっきりいってゼロだった。

― それでも書いたんですね。

誰かが読みたいから書いたのではなく、自分が読みたいから書いた本。自覚的にはあの本が最初です。それが意外な形で評価を受けたので「こういうテーマで書いても多少は利益が出るんだ。ニーズのないところにニーズを掘り起こすことが出来るんだ」ということを教えてくれたし実感できたのが「最弱球団」ですね。

― 多くの「会いたい人」にお会いできたと思いますが、まだ会えていない人は誰ですか?

会いたくて企画を作ってインタビューした人は、赤塚不二夫、倉本聰、つかこうへい、山田太一、忌野清志郎。この5人の方は夢が叶って何度かインタビューができました。唯一会えていないのが山田洋次さん。

― 野球界では?

1番は沢村栄治ですね。どんな思いで戦地に向かったのか?ご存命の方で伝説と言われている方達とは、ほぼお会いできたので。高橋ユニオンズの高橋龍太郎さんにはぜひインタビューしたかったですね。

「乙女やきゅう探訪」のスタート直後から長年ご協力いただいている長谷川さん。“面白い本、面白い企画に長谷川さんのお名前あり”はお約束ですね。全球団のFCにしても仕事スイッチの実験にしても、必ず「ご自分の目・足・身体・お財布で確かめる」その姿勢を貫き通されていることに毎回感動します。締め切り前のお忙しい中、ありがとうございました。


(取材/柳沢怜 TBSラジオキャスター)

■長谷川晶一
ノンフィクションライター。「プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!〜涙と笑いの球界興亡クロニクル〜」(集英社)、「最弱球団 高橋ユニオンズ青春記」(彩図社文庫)、「プロ野球語辞典:プロ野球にまつわる言葉をイラストと豆知識でカッキーンと読み解く」(誠文堂新光社)といった、野球に関連する著書を数々手がける。

現在、文春オンラインで展開中の「文春野球コラム ペナントレース2017」(コラム投票企画)では東京ヤクルトスワローズを担当。

今日の試合速報

■柳沢 怜(やなぎさわ れい)
TBSラジオキャスター。大の埼玉西武ライオンズファン。ラジオ番組では過去に伊東勤氏、田淵幸一氏、張本勲氏らと共演。