6度の本塁打王の中村剛也、未だに「前頭」なのは何故か(野球界番付)

2017年2月24日更新


日本野球界番付、2017年も横綱不在のシーズンとなった。15年オフに小笠原道大が引退して以来、横綱は空席のままだ。

私も編成委員に名を連ねる「日本野球界番付編成会議」は、野球好き、相撲好き、メディア関係者らによって構成された編成委員が、毎年2月上旬に大阪市内に招集されて行われる。前年のプロ野球個人成績を相撲星取に換算して、それを元に番付を編成していく。原則として相撲番付のルールに則って番付編成が議論されるのだ。

相撲の話になるが、今年の1月場所終了後に稀勢の里の横綱昇進が決まった。16年1月場所は9勝6敗に終わっていたが、3月場所以降、13勝、13勝、12勝、10勝、12勝として年間最多勝。17年1月場所で14勝1敗として幕内最高優勝、横綱昇進となった。この結果を参考に野球界番付を見ると良い。

野球の話に戻す。16年の番付で大関の地位にいたのは、内川聖一(ソ)、黒田博樹(広)、杉内俊哉(巨)、阿部慎之助(巨)の4選手。黒田は引退、杉内は全休(公式戦出場なし)のため除外するとして、内川と阿部に横綱の可能性はあったのだろうか。

内川は14年の番付で新大関となった。前年は12勝3敗で関脇から昇格。14年から16年まで、3年連続で11勝。悪い成績ではないが、幕内最高優勝や圧倒的な勝ち越しのシーズンはなく、横綱昇進の推薦には至らなかった。阿部は13年に新大関となってから、12勝、8勝、6勝、7勝と2年連続で負け越し。横綱昇進どころか、ついに関脇に陥落。年齢的にもここからの巻き返しは厳しいだろう。

9年間で6度の本塁打王の中村剛也は未だに「前頭」

中村の最高位は西前頭筆頭、過去14年間で三役にも昇進していない。歴代3位の本塁打王6回、打点王も3回獲得している中村だけに、不思議に思う人も多いようだ。中村が初めて本塁打王を獲得した08年以降の星取を振り返る。

08年 6勝2敗(東幕下50)46本
09年 7勝1敗(東幕下14)48本
10年 6勝9敗(東十両6)25本
11年 13勝2敗(西十両11)48本
12年 8勝7敗(西前頭10)27本
13年 3勝12敗(東前頭7)4本
14年 8勝7敗(東前頭17)34本
15年 13勝2敗(西前頭12)37本
16年 6勝9敗(西前頭1)21本

初の本塁打王となった08年、打率の低さから6勝2敗に留まったが、翌09年に7勝1敗として十両に昇進。このまま一気に入幕の期待もかかったが、故障もあって25本塁打止まりで6勝9敗と足踏み。11年に13勝を挙げて、12年に新入幕。しかし2度目の2年連続本塁打を獲得した翌年、シーズンのほとんどを棒に振って3勝12敗と大きく負け越し。三役入りの期待から大きく後退した。

14年、5度目の本塁打王を獲得したが、故障による序盤の出遅れが響いて8勝止まり。ようやく15年に13勝と大きく勝ち越し、西前頭筆頭まで登りつめたところであったが、16年は3つの負け越しで17年の番付は西前頭六枚目まで落ちた。三役入りにはシーズンフル活躍が必須、横綱への道のりはまだ遠い。「続けること」が如何に大切か、"3年連続本塁打王のチャンス"を3度逃していることが、そのまま番付にも表れているのだ。

ラミレスは連続14勝で横綱昇進

09年の番付で大関に昇進したラミレス(当時巨人)は、首位打者を獲得し14勝1敗の成績を残した。ダルビッシュとの優勝決定戦で敗れたものの、翌年の綱とりの期待が高まる。そして翌年に再び14勝1敗の成績で優勝、最短距離での横綱昇進を果たした。

17年の番付編成で、中田翔(日)の大関昇進が決まった。ラミレスのように最短距離で横綱昇進を目指すためには、本塁打数と打率アップが欠かせない。そして4番打者として、もうひと回り成長したとき、「横綱」が見えてくるのだろう。

文/梶田陽三

関連記事